こんにちは、やまなかです。
7月12日は「ラジオ本放送の日」です。今はスマートフォンで音声配信もラジオもすぐ聴けますが、約100年前の人たちにとって、家にいながら遠くの声や音楽が届くことはかなり新しい体験だったはずです。
この日の由来は、1925年(大正14年)7月12日、東京放送局(現在のNHK)が東京・愛宕山からラジオの本放送を開始したことにあります。同じ年の3月22日には芝浦の仮施設からラジオ放送が始まっていましたが、7月12日は愛宕山の本格的な放送局から電波が出された節目の日です。
「放送記念日」と聞くと3月22日を思い浮かべる人もいると思います。7月12日はそこから少し進んで、仮の場所から本放送の拠点へ移り、ラジオが社会のインフラとして歩き出した日、と捉えるとわかりやすいです。
ラジオ本放送の日の基本情報
- 日付
- 7月12日
- 記念日
- ラジオ本放送の日
- 由来
- 1925年7月12日に東京放送局が愛宕山からラジオの本放送を開始したこと
- 場所
- 東京・愛宕山。現在はNHK放送博物館がある場所
- 関連する日
- 3月22日の放送記念日。芝浦の仮施設から日本のラジオ放送が始まった日
ポイントは、「ラジオが初めて仮放送された日」と「愛宕山から本放送が始まった日」を分けて見ることです。3月22日は放送そのものの始まり、7月12日は本格的な設備を備えた拠点からの始まり。どちらも日本の放送史にとって大切な日です。
由来は愛宕山からの本放送開始
1925年3月22日、日本のラジオ放送は東京・芝浦にあった東京高等工芸学校の図書室を借りた仮施設から始まりました。港区観光協会の記事では、当時の第一声として、東京放送局のコールサイン「JOAK」を告げる言葉が紹介されています。
ただ、そこはあくまで仮のスタジオです。雑音を避けるために窓を閉め切り、機材の熱がこもるなかで放送していたという話を読むと、いかにも手探りの出発だったことが伝わってきます。放送は始まったけれど、まだ「本拠地で腰を据えて運用する」段階ではなかったわけです。
その後、愛宕山の山頂に放送局が完成し、1925年7月12日に本放送が始まります。愛宕山は標高があり、当時の弱い出力でも少しでも遠くへ電波を届けやすい場所でした。現在この場所にはNHK放送博物館があり、愛宕山は「放送のふるさと」として紹介されています。
1925年の流れを整理すると
同じ1925年の中でも、ラジオ放送は段階を踏んで動き出しました。ざっくり年表にすると、7月12日の位置づけが見えやすくなります。
| 日付 | できごと | 覚えておきたいこと |
|---|---|---|
| 1925年3月22日 | 東京・芝浦の仮施設からラジオ放送が始まる | 現在の「放送記念日」にあたる節目 |
| 1925年7月12日 | 東京・愛宕山からラジオの本放送が始まる | 「ラジオ本放送の日」の由来 |
| 1925年内 | 大阪や名古屋でもラジオ放送が始まる | 放送が東京だけのものではなくなっていく |
| 1928年ごろ | さらに各地へ放送網が広がる | ラジオが全国的な情報メディアへ近づく |
年表で見ると、7月12日は「一回きりのイベント」ではなく、ラジオが社会へ広がっていく途中の大きな足場だったことがわかります。仮放送で可能性を示し、本放送で継続的に届ける体制を整えた。ここに、この記念日の意味があります。
当時のラジオはどんな存在だったのか
今のラジオは、ニュースを聞く、音楽を流す、作業中の相棒にする、といった身近なメディアです。でも1925年当時は、ラジオ受信機そのものがまだ珍しく、高価なものでした。家族や近所の人が集まって、箱の中から聞こえる声に耳をすませる。そんな光景を想像すると、少し不思議な感じがします。
それでもラジオには、新聞とは違う速さがありました。文字を読む前に声が届く。会場に行けなくても音楽や演芸が届く。天気、ニュース、株式市況のような生活や仕事に関わる情報も、電波に乗って広がっていく。放送が始まったことで、「同じ時間に、離れた場所の人たちが同じ音を聞く」という体験が生まれました。
| 比べる視点 | 新聞 | ラジオ |
|---|---|---|
| 届き方 | 印刷物として配られる | 電波で同時に届く |
| 受け取り方 | 読む | 聞く |
| 強み | あとから読み返せる | 声の温度や速報性がある |
| 生活への入り方 | 朝刊・夕刊として読む | 家の中で家族と耳を傾ける |
もちろん、最初から今のように誰でも気軽に聴けたわけではありません。けれど、音声で情報を届ける仕組みができたことは、その後のニュース、教育、音楽、災害情報、スポーツ中継などにつながっていきます。7月12日は、その入口に立っている日です。
ラジオ本放送の日に考えたいこと
この記念日は、単に「昔ラジオが始まりました」で終わらせるより、情報の受け取り方を見直す日にするとおもしろいと思います。音声は、画面を見続けなくても入ってきます。料理をしながら、散歩しながら、洗濯物をたたみながら、声だけがそばにある。そこには、映像中心のメディアとは違う距離感があります。
7月12日にやってみるなら、こんな過ごし方が合いそうです。
- 朝のニュースをラジオで聞いてみる
- いつも聴く音楽ではなく、トーク番組を一つ選ぶ
- 防災用ラジオや電池の場所を確認する
- 家族に「昔よく聴いていた番組」を聞いてみる
- NHK放送博物館のような放送史に触れられる場所を調べる
個人的には、防災用ラジオの確認がかなり実用的だと思います。普段はスマートフォンで十分でも、停電や通信障害が起きたとき、電池で動くラジオがあると情報の入口が一つ増えます。ラジオ本放送の日を、昔を懐かしむ日だけでなく、今の暮らしの備えを点検する日にしてもいいはずです。
カレンダーに書き込んでみる
7月12日は、1925年(大正14年)に東京放送局が愛宕山からラジオの本放送を開始したことに由来する「ラジオ本放送の日」です。3月22日の仮放送から数か月後、本格的な放送局から電波が出され、ラジオは日本の生活に少しずつ入っていきました。
7月12日の欄には、「ラジオ本放送の日。防災ラジオと電池を確認する」と書き込んでみます。余白があれば、「好きな声の番組を一つ聴く」と添えるのもよさそうです。カレンダーの小さな一行から、100年前に始まった音のメディアと、今日の自分の暮らしが少しつながります。
音声を暮らしの備えにする
普段使うラジオがない場合でも、災害情報を受け取る方法を一度確認しておくと安心です。電池式や手回し式のラジオが動くか、予備の電池に使用期限がないか、地域の放送局の周波数を控えてあるかを見ておきましょう。スマートフォンの充電が難しい状況を想像すると、音声で情報を得る手段を一つ持つ意味が分かりやすくなります。
また、ラジオは一人で過ごす時間の雰囲気を変えてくれるメディアでもあります。料理や片付けの最中に流せば、画面を見る作業を増やさずにニュースや音楽を楽しめます。番組名、放送時間、聞いてみたい内容をカレンダーに書いておけば、忙しい日でも偶然ではなく自分で選んだ時間として味わえます。
放送の歴史を知ることは、新しい配信サービスを考える手掛かりにもなります。遠くの声を家庭へ届ける技術が人々の生活を変えたように、今の音声配信にも、情報を届ける責任や聞き手との距離感があります。7月12日は、昔の機器を懐かしむだけでなく、信頼できる情報源をどう選ぶかを考える日にもできそうです。
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